スラリとしたボディーに、怪しく光る虹色のパーマーク。
私たち、つまり私と息子は、
その魚に完全に魅せられてしまった。
・・
どうしても、彼女に逢いたかった。
・・ ・・
そして、そこで彼女に逢わなければいけないと思った。
それは、恋に似た感情だったかも知れない。
それは「一目惚れ」だったのだから。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
海の無い埼玉では、釣りと言えば「ヘラブナ」が主流だ。
だが、それまでの私は全く「ヘラブナ」釣りとは縁が無かったし、
「ヘラブナ」釣りというのは小さい子供との釣りには適していなかった。
私は、よく息子を連れて近所に散歩に出かけた。
少し歩くと、お世辞にも綺麗とは言いがたい、
そしてとっても汚くて臭いどぶ川がいくつも流れていた。
その中でも「綾瀬川」は、当時の汚い川ランキングで、
ダントツのワーストワンだった。
(最近は綺麗になったと、風の噂で聞きましたが・・・)
それでも、土曜の朝八時頃に散歩に出掛けるると、そのワーストワンの
どぶ川のほとりに、釣り人の姿があちらこちらに見えるのだ。
こんな汚い川で釣り?
私と息子は、じっと釣り人たちが獲物を釣り上げる瞬間を待った。
浮きがピクピク動く。
何かが餌に食いついたのか?
次の瞬間、釣り人の手首は返されパシっという音と同時に竿がしなった。
竿の曲がり方から見て、素人の私でも大物がヒットしたのが分かった。
のはずだった。
うんざり顔の釣り人は、獲物の姿を見るまでもなく、「は~、またか・・・」
と言いながら、魚の代わりにぶら下がっている、泥まみれの靴を放り投げた。
日本一汚い川だから。
釣りは難しい。
思うようにはならない。
ある意味、恋愛に似ているかも知れない。
てな事を考えていると、別の釣り人のウキが反応したのが分かった。
今度こそ、と思った瞬間・・・
キラキラと光ったその体。
銀ブナだ!!
決して綺麗とは言えないし、釣り上げる時の引きや駆け引きも
さほどなく、ただ淡々と釣り上げている釣り人。
しかし、息子の目は違っていた。
それが全ての始まりだった。
それから私たち親子は、近くのどぶ川でフナ釣りを始めた。
ところが、これがなかなか釣れない。
どぶ川のフナ釣りなんて子供の遊びくらいに思っていた私は、
なぜ釣れないのか理解できず、完全に頭に血が上ってしまっていた。
それは全く当たり前の事だった。
どぶ川釣りも舟釣りも渓流釣りも、それぞれに釣り方があって、
そのルールを知らなければ釣れる訳はないのだ。
竿に針、適当な餌を付ければ釣れる。
全く、そんな生半可な考えで釣りを始めてしまった。
釣りの常識・・・
その事を知ったのは、随分後の事だったと思うが・・・
ある日、息子と二人で近所のペットショップを訪れた。
特に目的は無かった。
たまたま新聞のチラシに載っていたのと、
ちょっとした好奇心だけだった。
その水槽の前に行くまでは・・・
息子 「パパ!!」
「この魚は何て言う魚?」
私 「ん~、何だろう?、でも綺麗な魚だね」
「淡水魚で、こんなに綺麗な魚がいるなんて、パパも知らなかったよ」
息子 「パパ、この魚釣ってみたい!!」
今まで銀ブナしか釣ったことがないから当然だ。
水槽に貼ってある魚の名前と特徴。
「大陸バラタナゴ」
-淡水魚。綺麗な虹色の模様が特徴。-
初めて見る名前だった。
川魚にこんなにも綺麗な魚がいたなんて。
ところがその水槽の隣に、もっと心を揺さぶられる魚が待っていた・・・
「ヤマメ」
渓流の女王と説明が書いてある。
確かに、女王にふさわしい何とも言えない美しさがそこにあった。
虹色に光る怪しい模様。しかし「大陸バラタナゴ」とは確かに違う。
説明文にはこう書いてあった。
「特徴は体の側面にあるパーマーク」
何?パーマーク?
pinterestより
それから、私と息子の釣り日誌が始まったのだ。
渓流釣りがこんなに危険な釣りだとは・・・!!